Mooの雑記帳(New)

日々の感想などを書いていきます。

4月22日(水) 日本国憲法の成立前夜

4月21日の信濃毎日新聞は、下のような憲法に関する注目すべき記事を載せていた。
「憲法『あまりよく知らない』3割超」(本紙読者アンケート)という信毎紙の「憲法」シリーズの記事だ。

とくに注目したいのは、「憲法は何のためにあると思うか」との問いに 68%が「権力を暴走させないため」と、最多であったことだ。
同紙が言うように、無作為抽出による調査ではなく信濃毎日新聞の読者であるから、それなりの見識を持った対象者であったことは間違いない。

信州大学の小池准教授のコメントでは、まず「日本国憲法の出発点は権力を暴走させないことだ」ときっぱり。この調査からは「(読者には)憲法の本質的な考え方は理解さえている」ことが分かるとしつつ、「改憲論議が浮上している今こそ憲法の基本的な考え方を再確認すべきだ」と強調していた。大切な点だ。

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現行憲法が生まれる背景として最も重要なことは、アジア・太平洋戦争で敗北し連合国に無条件降伏(天皇を免責することを示唆しつつ)したことと、その際に受け容れたポツダム宣言にある。
ポツダム宣言の各項目はどれも重要だが、いま注目しておくべき項目を挙げるとすれば、次のようになるだろう。(下はアジア歴史資料センターより)

=== ポツダム宣言 ====

第6項目
吾等は無責任なる軍国主義が世界より駆逐せらるるに至る迄は、平和、安全及正義の新秩序が生じ得ざることを主張するものなるを以て、日本国国民を欺瞞し、之をして世界征服の挙に出でるの過誤を犯さしめたる者の権力及勢力は、永久に除去せられざるべからず

第10項目
吾等は日本人を民族として奴隷化せんとし、又は国民として滅亡せしめんとするの意図を有するものに非ざるも、吾等の俘虜[捕虜]を虐待せる者を含む一切の戦争犯罪人に対しては、厳重なる処罰加へらるべし。日本国政府は、日本国国民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障礙を除去すべし。言論、宗教及思想の自由並に基本的人権の尊重は確立せらるべし

第12項目
前記諸目的が達成せられ、且日本国国民の自由に表明せる意思に従い、平和的傾向を有し、且責任ある政府が樹立せらるるに於いては、連合国の占領軍は直に日本国より撤収せらるべし

第13項目
吾等は日本国政府が直に全日本国軍隊の無条件降伏を宣言し、且右行動に於ける同政府の誠意に付、適当且充分なる保障を提供せんことを同政府に対し要求す。右以外の日本国の選択は迅速且完全なる壊滅あるのみとす。

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ポツダム宣言第12項目で、「日本国民が自由意思で平和的政府の樹立に責任を負う限りで占領政策を終了する」としていたが、「平和的政府」の保障となる憲法制定に日本政府が全く無能力であったことが判明するにつれて、GHQの対応は変化せざるを得なくなる。
むしろ、当時政党や民間団体、個人などが提案した憲法草案の方がはるかに民主的な内容を含んでいた。

これらのことについて、ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて(下)」は次のように表現している(129ページ)。

日本政府は、みずからの頑迷さに対し、恐るべき早さで代償を払わされることになった。2月1日から3日の間に矢継ぎ早に行われた一連の決定において、マッカーサーと民政局の側近は、日本政府にはポツダム宣言の要求を満たすような憲法草案を作成する能力がなく、SCAP(連合国最高司令官)が指導しなければならないと結論した。

ジョン・ダワーはこれについて、民主的な声が湧き上がっていた時期に、「日本国国民の自由に表明せる意思」に従うのではなく「なぜ日本人に自らの手で民主的な政府を樹立させなかったのだろうか?」と問い、その答えは「天皇の地位に関わっていた」と書いている。

それ以上は、ここでは紹介しないが、現在改憲を要求している日本の政治家たちは、こうした歴史を頭に置いているのだろうか。

改憲を叫ぶみなさんは「押しつけ憲法」とよく言うが、彼らは「押しつけられた」側の子孫たちであり、自らの意思で民主的な憲法を生み出す能力がなかった側ではなかったのか?
改憲を求める皆さんは、何故に現法憲法がこのように制定されるに至ったのか、成立史の一コマでもひもといてみるべきではないのか?

4月21日(火) 20年で季節は1ヶ月早くなった

またまた三陸沖での地震・津波。幸い予想される津波の高さよりは低かったようで一安心ですが、後発地震情報も出されているので、安心せずに十分備えてほしいものです。

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ここ数日、昼の暑さは異常です。Tシャツ一枚でも外で庭仕事をしていると汗が出てくる。空気も乾燥しているので火災注意報も出されており、いやな大気の状況が続いています。

このところの気候が大きく変わっているようなので、過去の日記からその変化が読み取れないか見てみました。
まず、20年前の2006年はと思ったら、ちょうど家の建築中。気候についてはほとんど記述がなく、畑仕事よりも「つる細工」に夢中でした。

というわけで、20年前はパス。
15年前の2011年はと思って見てみると、これまた4月は3.11被災地支援などで、3月から4月にかけてはお天気もほとんど触れていない。
かろうじて、4月27日、ウオーキングの記事のついでに裏山で山桜が満開、家のレンギョウやスイセンがほぼ終わっていることが記録されていた。まだ山には緑は見られない。

やむなく、翌年の4月はと思って2012年を見てみると、何と4月4日にうっすらと雪が積もっている。4月17日には梅、レンギョウとスイセンが満開。

またその翌年の2013年4月10日にはスイセンが満開。ただ、この日には有明山の中腹まで雪が降っていました。翌日の4月11日には平地でもうっすらと雪が積もり、更に4月21日にも1センチほどの雪が。4月末まで毎日のように霜が降りていることが記されていました。

では10年前はどうか。4月3日にはレンギョウ、スイセンが咲き始め。4月13日には山桜が満開だったことが記録され、2年前からは10日ほど季節が進んでいました。
この年は熊本地震があり、4月から連休にかけて支援活動に注力していたことも。

2017年には4月18日に山桜が満開の記事。22日には桃の花が満開でしたから、現在から見ると約半月ほど遅い。
今年は4月2日頃にはレンギョウ、スイセンが咲き始めましたから、全体としてはこの10年で約15日ほど季節が早くなっていることが分かります。

今から20年ほど前は、5月の連休あたりでようやく新緑の季節を感じたものですけれど、現在は4月10日過ぎにはもう若葉が出始めているので驚きです。20年でほぼ1ヶ月ほど季節が進んでいるように思えます。

庭先では桃の葉が出そろい、クワの新芽も出始めて5月を待たずに新緑の季節を迎えそう。
昨年は、5月連休頃まで毎日のように霜注意報が出ておりましたが、今年は4月に入って全くなし。

斎藤さんの言う「気候崩壊」の実態が、いよいよあらゆる機会に身に染みて感じ取られるようになるのかもしれません。
作物にどのような影響が出るのか、これから慎重に見極めていかないといけませんね。

周りの木々の様子や、花の咲き具合、野菜の生育状況、遠くの景観などを記録しておくのは、ただ美しい、楽しいというだけではなく、気候変動を記録する意味でも重要になってきているのでしょう。

4月20日(月) 人新世の「黙示録」を読んで(その1)

 先日紹介した斎藤幸平著「人新世の『黙示録』」の前半では、この世界はすでに気候変動の臨界点を超えてしまっており、気候崩壊下での資本主義の行く末はテクノ・ファシズム=少人数の支配者と圧倒的多数の貧困者という悲惨な世界にしかならないことが明らかにされる。

そして後半では、その活路はもはや普通に想定される(日本共産党が目指すような?)社会主義社会ではありえず、「戦時計画経済」=「暗黒社会主義」とでもいうべき方向しかないと述べる。
では、その担い手は誰か、そこに登場するのが「プロレタリア独裁」(以下斎藤さんにならって「プロ独」)だ。

斎藤さんによれば、ソ連型でも中国型でもなく、パリコミューンから示唆される民主的な権力であって、「独裁」という概念は、マルクスにとっては現在の日本で使われるような(ヒトラー独裁のような)専制、個人または組織による暴政という意味とは無縁だと説明される。

斎藤さんの本を読みながら、マルクスや世界の様々な論者に関する知識には驚くべきものがあるけれど、どうしても2つのことが気にかかる。
斎藤さんの問題意識や現状についての危機感の多くは私も共感できるし、議論を深める土台になりうると思うだけに余計にそう思わざるを得ない

社会の方向として社会主義を目指すのはいい。その形態も多様なものがあってよい。
だが、一体誰がそれを実現するのか、その主体は誰か、どのような勢力と運動を通してなのかという問い。

もう一つは、日本において社会主義を目指す唯一の政治勢力である日本共産党が、日本における社会主義への道をどう進めようとしているのかについて、全く触れられていないのは何故かという疑問。

斎藤さんは、プロ独について「もしかすると、斎藤は頭がおかしくなったのではないか」と不安がられるかもしれないと書くほどだから、たしかにこの概念を持ち出すのは「勇気」の要ることだが・・・。

斎藤さんは、わざわざ「晩期マルクスの独裁論」という章立てをして、マルクスの独裁概念には「全体主義」への欲望はみじんもないことをマルクスなどの文献を踏まえて縷々説明する。

「独裁(dictatorship)」というラテン語由来の概念は、元来、「暴政(tyranny)」や「専制(dispotism)」から明確に区別されていた。そのような区別のある用法の起源は古代ローマの共和制にまでさかのぼる。

こう書いて、マルクスの時代の「独裁」概念がどのようなものであったかを振り返る。

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さて、ここまで読んできて私が思ったのはまず上の第2の疑問。なぜ斎藤さんは日本共産党の見解について触れようとしていないのかという点です。「人新世の資本論」と同様、敢えてそうしているのかもしれませんが。

私がこの疑問を持つのは、この「プロ独」を巡る議論は、日本共産党の第12回大会(1974年)ですでに決着済みであり、それに先立つ第11回大会5中総において、ほとんど斎藤さんと同じような議論が尽くされていたからです。
つまり、”学問的な意味”でマルクスの考えをひもとき、共産党と同様の見解を示すからには、その限りで触れておくことは必要だと考えるからです。斎藤さんが初めて明らかにすることではないのですから。

実際に共産党第12回大会では党綱領の一部改正が行われ、それまで綱領にあった「プロ独裁」の「独裁」を「執権」に改めることが決定されたのでした。
大会の報告では、その理由について次のように説明されていました。

科学的社会主義の用語としての「ディクタツーラ」は、もともと、古代ローマで戦争や政治危機にさいして一時的に権限を集中することが認められたディクタトルからでている。しかし、科学的社会主義の用語としての「ディクタツーラ」は、マルクス、エンゲルス、レーニンなどの文献から明らかなように、1つの階級あるいは複数の階級・階層の政治支配、あるいは国家権力を示すものであって、けっして特定の個人や組織への権力の集中を意味するものではない。
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「ディクタツーラ」は、国家権力の階級的本質をあらわすものであって、決して普通選挙権にもとづく議会制とか複数政党制とかを排除するものではない。
ところが、これまで「ディクタツーラ」の訳語として使われてきた「独裁」は、日本語の一般的語感としては「独断で決裁する」とか「個人または1団体による独断政治」とかいう意味にとられており、社会科学の用語としての「ディクタツーラ」の意味を表現するものとしては適切でない。(第12回大会決定集より)


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斎藤さん、いかがでしょう。50年も前に斎藤さんの見解とほとんど同じ結論に到達したうえで、訳語の変更を行っているのです。
この国の一部の政党で、この問題が決着済みであることを知らないのであれば、これは学者としての資質に関わるけれど、多分日本共産党で使われている用語を自分のものとして使うことにはいささか抵抗があったのかもしれませんね。
この本で「50年前に共産党では同様の研究成果があり、執権と訳すことになったので、私もこの訳に従う」などと書けば、「お前は共産党か?」と言われることは必至ですから。

それでも、今から50年も前に、不破さんを中心とする日本共産党社会科学研究所がマルクスに遡って丹念に研究を重ねて到達した知見ですから、「この点は同意できるが、この点は問題がある」というような言い方で評価することがあってもよかったのではないかと私は思うのです。あとで、国外の共産党の見解についてはちゃんと分析しているのですから。

余談ですけれど、当時の共産党大会では、訳語の変更の提案について、「『執権』じゃ、まるで北条氏を連想していかにも古めかしい」とか「もっといい訳語がないか。たとえば『民主的権力』とか」などという意見が出されたらしい。
結局は、「権力について政治支配を行うという意味で『執権』が最もよい」という結論になったようです。

もう一つ余談ですが、2014年に共産党が開いた「理論活動教室」で、社会科学研究所所長の不破哲三さんが行った講演でも訳語の変更について触れられており、記事では次のように書かれていましたよ。

73年の第12回党大会で、プロレタリア「独裁」と訳されていた「ディクタツーラ」という用語を「執権」という訳語に改めました。その後不破さんはこの用語を、マルクスは「ある階級、政治勢力が権力を全部握ること」として使い、独裁とはまったく縁がないことを、マルクス・エンゲルス研究で明らかにしました。また、この概念を強力革命と結びつけたレーニンの定義が、当時のロシアの状況を反映した誤った規定であることも解明しました。(以後は不定期)

4月19日(日) 「現実主義」という名の敗北主義

雑誌「世界」は1946年1月創刊だから今年で80年、私と全く同じ年齢になる。
1965年6月号に湯川秀樹さんが「日本国憲法と世界平和」という論説が掲載された (「世界」憲法論文選より)。
私が大学に入学したのが1964年だから大学2年生の初夏のことになる。

まず、湯川さんは、自分の学問に対する姿勢として若い頃は「医学の場合のように、真理の探究とヒューマニズムとを1つに結びつける必然性あるいは必要性は、物理学の場合には少ないと考えていた」と述懐。

ところが原爆の登場でその考えを修正せざるを得なくなり、さらには1954年のビキニの死の灰の事件で、核兵器が戦争に使われなくても予想もしない危険があることにショックを受ける。そして、ラッセル・アインシュタイン宣言への賛同をきっかけにパグウオッシュ会議に加わり、核兵器全面禁止をめざす科学者の運動に深く関わっていくことになる。

湯川さんはこの論考で、憲法9条の全文を抜き出した後、次のように自問している。

憲法の前文に立ち戻ってみよう。いわゆる現実主義者のいうように、平和を愛する諸国民の公正と信義にはとうてい信頼ができないとしたならば、一体どういうことになるであろうか。

ある人は「強大な国の力に頼ればよい」といい、またある人は「軍縮が叫ばれている間にも大量殺戮兵器は増え続けている」と言うかもしれないと続け、それぞれについて、その結果がどのような未来をもたらすかについて、結局は「核抑止論」で指摘される際限のない軍拡の未来しかあり得ないことを指摘している。そして、次のように続ける。

軍備競争を現実的と判断し、全面完全軍縮をまったく非現実的だと判断する人は、一体、未来に対してどのようなイメージを持ちうるであろうか。極端な悲観論、あるいは救いのない宿命観以外に果たして何がありうるか。
***
もしも自らを助ける道を選ぼうとするならば、諸国民は平和を愛し、互いに公正と信義を信頼して安全と生存を保持しようと決意し、この信頼と決意の上に立って恒久平和への道へ歩み出すほかはないのである。
そう考えるならば、先に引用した日本国憲法の前文は当然すぎるほど当然のことを言っていたと結論せざるを得ないのである。
そしてまた、憲法9条が非現実的であるどころか、今日すでに、そして将来はなおさら、日本国民が自らを助けるためにとるべき唯一の現実的態度であることが、いよいよ明白になってきたのである。
(太字は私)

引用が長くなったが、この指摘はいささかも色あせておらす、今日的意義はいよいよ大きいものがあるとその慧眼に感服する。
「現実主義」という名の現状追随もしくは現状破壊の思考こそ、世界の様々な矛盾の一面のみを見て見かけの「圧倒的な力」の前に拝跪し、未来を信頼できずに現状追随する以外に思考の方向を見いだせない敗北主義であると私は断じたい。

人間の社会はもっと多様な選択肢を用意しており、議論を重ねる中でよりよい方向を見いだせるものだ。
自民党政権の現在がこのままいつまでも続くわけもない。世論が大きく動くか、あるいはかなり悲惨な状況を経て苦い教訓をつかむか断言はできないが、いずれにせよ、苦しいなかに新しい芽は確実に育まれていると私は確信している。

4月18日(土) 2度の地震

娘や妹、それに東京の友人から地震のお見舞いをいただきました。
気にかけていただきありがとうございます。
池田町は震度3で、ちょっとびっくりした程度でした。

1度目の地震は、畑で耕耘機を動かし始めたとき。町内無線放送で「おおじしんです」とアナウンス。ところが、耕耘機の揺れの方が大きかったのか、地震があったことは全く分からなかった。何だかキツネにつままれたような・・・。
妹や娘から心配して連絡してくれたけれど、何にも感じなかったので逆に返事に困ったほど。

ところが、畑から帰って汗を拭いていたら、2度目はいきなりグラッときた。家がミシミシきしむ強い揺れは約5秒ほど。揺れが収まったら携帯が鳴り始め、また無線放送の「大地震です」の案内。震源地が近いと揺れの方が早い。

テレビをつけてみたら、どうやら震源地は大町市らしい。
Google Mapで調べると、青木湖南端から真東に約5キロほどの大町市美麻の地下10キロほどが震源地。今までに地震のなかった場所のようですが、このあたりの断層が動いたのでしょう。

このあともまだ余震がありそうな気配。
場合によっては、さらに大きな地震もあり得ますから、十分気をつけないと。
高齢になると、とっさの行動ができませんし・・・。

4月18日(土) 穴掘りネコ

 1ヶ月ほど前から家の庭のあちこちに大きな穴が掘られている。幸い何かを植えてあるところでないことだけが救いだが、割と固い地面に深さ10センチ、半径20センチほどの穴が掘られているのだ。

雨の日の朝、縁側にネコの肉球の跡が点々と残されていたので、犯人はおそらくネコだろうと思ってはいたが、どんなやつが夜な夜な現れては穴掘りをしていくのか、さっぱり分からなかった。

今日の深夜1時半頃、トイレに起きたときにふと外が明るいことに気が付いた。南側の縁側には動くものに感知するライトが付いており、それが反応したのだった。
風かな?と一瞬思ったが、どうも風は吹いていない。

そっとカーテンを開けてみると、いた!こちらを見る顔のデカい白いネコと目が合ってしまった。戸を開けるとサッと逃げていったが、多分こいつが犯人だろう。これまで昼には見たことのないネコだった。

普通ネコは排泄するときには、割とやわらかいところで穴を掘り、後はちゃんと土をかけて埋めていく習性がある。ハルちゃんは、教えなくても庭の片隅でちゃんと始末をしていたぞ。

それに比べると、こいつはただ穴を掘るだけ。まるで何かを探しているような感じだ。
ここ掘れニャンニャンならまだお宝があるかもと思うが、ただデカい穴をあけていくだけだから始末におえない。このクソネコ!!MNEMOさん、失礼、合掌)
いつか捕まえて懲らしめてやりたいという衝動に駆られている。ワナをしかけておくことにしようかな。

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さて、4月も半分を過ぎて、暖房をつけることがほとんどなくなったこの頃、どうも体調がすぐれない。安定した睡眠がとれないことが原因なのだが、季節の変わり目ということもあるのかもしれない。

畑仕事をしているときは夢中でやっているから、その間はそんなことは余り感じないが、終わって家に戻るととたんにだるさや眠さが押し寄せてくる。
歳のせいにはしたくないのだが、体調もまた変わり目に来ているのだろうか。

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お隣の山桜が今頃満開。意外と美しいことに気が付いた。

4月17日(金) 田舎の豊かさ

ここ連日テレビでは、ホルムズ海峡がらみの話題はどこかに行ってしまって、京都南丹市での事件ばかり。
確かに、この父親による子どもの殺害・死体遺棄事件というのは、子どもをもつ親にとっては耳を塞ぎたくなるような残酷な話であり、その顛末は大変気になるところです。

ただ謎が多い特異な事件だけに、メディアのアプローチは「謎解き」に集中。刑事物ばかり放映しているとこうなるのかと思うほどです。
もう少し冷静な報道が必要だと思うし、他にも扱うべき話題は多くあるわけだから、メディアの役割が何であるかを踏まえるべきだと私は思いますね。

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マレットゴルフやらボーリングやらいろんな会議やらで、ほとんど家にいない妻ですが、昨日の午後は久しぶりに予定がなく、二人で庭の草取りをし、庭の菜の花やニラも収穫しました。
その後畑に行ってまだ残っていたホウレンソウや食べ頃になってきた島ラッキョウを収穫。

昨夕は、妻が菜の花を温野菜にし、ニラはおひたしにして出してくれました。下処理はすべて私がしましたけれど・・。
菜の花もニラもやわらかくて、めちゃくちゃ美味しい。いままでホウレンソウばかり食べていたので、ニラの食感の何と新鮮なこと。

旬を迎え始めた島ラッキョウは、塩もみしただけですけど、シャキシャキとした食感とほんのりとした辛みが絶妙で、こんなに美味しかったかなと思いましたよ。
いつもは、もうちょっと太ってから食べていたので、その良さがわからなかったんでしょうね。

自慢話みたいで申し訳ありません。ただ、どうということのない野菜ばかりですけど、そんなに無理せず手に入れることができ食卓を飾ってくれるこの豊かさこそ、田舎暮らしの喜びなのだと伝えたいのです。

もちろんこうした食材は、タダで手に入るわけでは勿論なく、それなりに手をかけて丁寧に育てているからこそ、野菜もそれに答えてくれるわけで、そうした全体が「農」ある暮らしなのであり、田舎の豊かさを形成していると思うのです。

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一方で、こうした田舎での農業に暗雲をもたらしているのが、燃料や肥料の高騰。おそらく連休以降、さまざまなところで大きな影響が出てくるのでしょう。

トランプ、ネタニヤフのやっていることは、多くの無辜の子どもたちを殺害するだけではなく、エネルギーと食糧という最も根幹部分に打撃を与える愚行であり、戦争そのものが気候変動を加速しているのですから、重大な戦争犯罪者。厳罰に処すべき人物です。

この行為を支持したり黙認したりする者もまた共犯者です。